知床観光船沈没から2年…現地で乗客の家族対応に当たった10管トップ・坂巻健太本部長に聞く 事故から得た教訓と、10管区特有のリスク対策

 2024/05/07 06:45
知床での観光船沈没事故の対応を振り返る坂巻健太第10管区海上保安本部長=鹿児島市の同本部
知床での観光船沈没事故の対応を振り返る坂巻健太第10管区海上保安本部長=鹿児島市の同本部
 北海道・知床沖で2022年、観光船「KAZU Ⅰ(カズワン)」が沈没し乗客乗員20人が死亡、6人が行方不明となった事故から2年がたった。第10管区海上保安本部の坂巻健太本部長(54)は当時、現地対策本部長として乗客の家族らへの対応に当たった。事故を繰り返さないための教訓は何か。決意と展望を聞いた。

 -4月23日の事故後、どのように対応したか。

 「事故翌日から40日間、現地に滞在した。乗客の家族らには随時、捜索情報を伝え、毎日行った説明会は計約50回に及んだ。運航会社の社長には事故の説明責任を果たすよう説得した」

 -ずさんな安全管理を見抜けなかった国への批判もあった。家族とはどのような言葉を交わしたか。

 「家族から国の監督責任を厳しく問われた。私も同じ境遇なら批判したと思う。相手方とは怒りや無念さに向き合った。運航会社に対しては自分の言葉で説明するよう説き続けた」

 「家族の一人との忘れられない会話がある。事故のあった年、鹿児島への10月異動が決まった。家族には職務放棄のように映ったと思う。批判を覚悟したが『海を守る責任者として、鹿児島で絶対に同じような事故を起こさないで』と背中を押された。この思いを具現化しなければならないと決心した瞬間だった」

 -教訓は何か。

 「安全面で事業者に対して厳しい目を持つことだ。船や救命設備の点検、出航判断基準などは特に重要になる。法改正による違反者への罰則強化もある。事業者には負担をかけるが、ためらいなく介入する。安全こそが利用者にとって最大のサービスだからだ」

 「事故後、知床では観光客の回復が今でも遅れている。一つの事故が地域に計り知れない影響を与えた。海に関わる事業者の多い土地では、海況や船の安全管理について、互いに情報共有するセーフティーネットが必要だと感じている」

 -10管区の特性は。

 「国際的な交通の要衝で多様な船舶が行き交う。生活の全てを船に頼る地域もあり、海上交通と人々の社会経済活動がこれほど深く結びついている海域は他にない。加えて、台風の時期や冬場は危険な海になる。知床のような事故が起こるリスクはそろっている」

 -知床の事故は通報から現場に着くまで3時間以上かかった。奄美大島近海には、機動救難士を乗せたヘリが1時間以内に到着できない「空白地帯」がある。

 「奄美近海は鹿児島、那覇の両基地から約70分を要する。そのため、乗組員の待機施設やヘリを整備する資機材を奄美空港に整備し、万一の際、臨時の拠点とする。対策強化を進め、初動の遅れを少しでもなくす」

 「警察や漁協などとの連携も欠かせない。昨年5月に下甑島沖で起きた瀬渡し船の火災では、海域を熟知する地元漁師らの迅速な初動で14人全員が助かった。命を守るため、あらゆる面から万全を期していく」

 〈略歴〉さかまき・けんた 1969年生まれ。愛知県出身。京都大卒。92年に運輸省(現国土交通省)に入り、第10管区海上保安本部総務部長などを歴任。前任の国土交通省大臣官房審議官の時、知床観光船沈没事故の現地対策本部長として対応した。2022年10月から現職。