タクシーで出した1枚の偽札。お釣りをもらって達成感に満たされた…最初は人に見せるだけ。驚かれるのが面白かった。もっともっと刺激を…誘惑に負けた男が払った代償〈法廷傍聴記〉

 2024/05/06 11:30
飲食店を出た後、タクシーの支払いに偽造の1万円札を使った(記事と写真は関係ありません)
飲食店を出た後、タクシーの支払いに偽造の1万円札を使った(記事と写真は関係ありません)
 50代の男が口にした動機に、裁判員はあっけにとられた。「見せびらかすだけではだんだん物足りなくなり、使ってみたくなった」

 男は、偽の1万円札1枚を職場の同僚らに見せて楽しんでいた。本物と見分けがつくか試したり、折り曲げた偽札を通路に置いて、拾った人が驚いたりするのを面白がった。10回ほど繰り返すと、さすがに偽物だと見破られるようになり、満足できなくなった。

 偽札は飲食店を営む知人がカラーコピー機で作った。店の集客が減り、験担ぎで店内に飾るためだった。知人はある日、訪ねてきた男に1枚あげた。「偽物と知っていて使うはずがない」と軽い気持ちだった。

 知人は男から「職場で見せたら驚かれた」とよく聞かされた。その度に「絶対に使うな」と言い聞かせていた。それでも、男は興味と誘惑に負けてしまう。

 男はその日、飲食店で酒を飲んだ。はしごした3軒目。偽札で会計できないか好奇心が湧いた。従業員に手渡そうとした時、近くにいた女性客が声をかけた。「これ、違うお金じゃない?」。少し赤みがかった紙幣を不審に思われた。男は素直に認め、本物のお金で支払いを済ませると、さっさと店を出た。

 見破られるのは予想外だった。次第に悔しさが込み上げた。次こそは成功させたいと、店からの帰りに乗ったタクシーで再び試すことにした。支払いの際、運転手に差し出すと、お釣りを手渡された。何とも言えない達成感を覚えた。

 男は偽造通貨行使の罪に問われた。4月の公判では、勤務する工場の上司が情状証人として出廷した。上司は、逮捕から5カ月の間、他の従業員が男の仕事をカバーするように働いていたと明らかにした。その上で「全員が戻って来るのを心待ちにしている。また一緒に頑張ろう」。同僚らから託された思いを述べた。

 「今後また法に触れるようなことがあったらどうするか」。裁判官の問いに上司は即答した。「厳罰に処します。解雇でしょうね」。再び罪を犯すはずはないという思いがにじみ出た。

 偽造通貨行使は、通貨の信用を損ね流通を妨げるため罪は重い。法定刑は無期または3年以上の懲役で、罰金刑はない。偽札を作った知人は、通貨及び証券模造取締法違反の罪で、1月に有罪判決を受けた。

 検察は事の重大さを被告に問いただした。遊び心や軽い気持ちであっても、社会へ与える影響は大きい。「そんなことは考えてもいなかった」。男は力のない声で悔悟の念を口にした。たった1枚の偽札で犯した罪。裁判長は、懲役3年執行猶予4年を言い渡した。

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