中国艦艇の領海侵入、なぜトカラ海峡で頻発? 元海将の矢野一樹氏に聞いた

 2023/06/09 07:29
日本安全保障戦略研究所の矢野一樹氏
日本安全保障戦略研究所の矢野一樹氏
 鹿児島の海に中国海軍の侵入が続いている。背景に何があるのか。元海将で海上自衛隊潜水艦隊司令官を務めた一般社団法人日本安全保障戦略研究所の矢野一樹上席研究員(67)に話を聞いた。

 -屋久島周辺で艦艇の領海侵入が特に目立つ。

 「中国は、米軍を近海に近づけない『接近阻止・領域拒否(A2/AD)』戦略を取る。日本列島から南西列島、フィリピンにかけての第1列島線の内側の自由を確保するのが目標だ。小笠原諸島から米領グアムを経る第2列島線との間で敵の兵力を撃破する策で、海底地形などを詳細に測量し、潜水艦戦に資するデータを集めていると考える」

 「水中は電波が届かない。潜水艦を探索する手段などは音響が主体だ。音の伝播(でんぱ)は海底地形のほか、季節ごとの温度分布や塩分濃度で大きく変わる。常時その海域を観測し、特性を把握するのは水中戦のために重要。日本も米国も定期的な測量は欠かせない」

 -なぜ屋久島と十島村・口之島の間の「トカラ海峡」と呼ばれる海域を通過するのか。

 「十分な海峡幅がある。中国は有事の際に第1列島線から外に出る必要があり、トカラ海峡が有効なのは間違いない。他にも宮古海峡などがあるが、いろいろな出口を調べておきたいのだろう」

 -今の安全保障環境は。

 「焦点は台湾だ。中国は安全保障上、譲歩することのできない核心的利益と言っている。当初は台湾、東トルキスタン、チベットの三つだったが、2010年に南シナ海、13年に尖閣諸島も核心的利益だと言い始めた。中国の今の膨張主義的考えは非常に危険だ」

 「中国の共産党政権にとって台湾の統一は悲願。何か事があれば武力に動く可能性は否定できない。そうなれば、確実に米国と中国の間で戦端が開かれる。日米安全保障条約がある日本は米国と一緒に行動せざるを得ない。ウクライナと同様の危機が周辺にも迫ってきている」

 -緊張度は。

 「米国のシンクタンクや軍人は、台湾危機は起こるかどうかではなく、いつ起こるかの問題だと口をそろえる。だから日本も国家安全保障戦略を新しくし、初めて国家防衛戦略もつくった。それに沿う形で防衛力整備計画をつくり、今後5年間に防衛費を約2倍にしようとしている。危機感がなければ日本政治がこんなことを急にするはずない」

 -どう対応すべきか。

 「自衛隊の人員確保を急ぐべきだ。現在、定員と実員に開きがあり、早急に埋めなければ、安全保障戦略や防衛力整備計画の達成は難しい。もうひとつは海上防衛力の増強。特に潜水艦部隊だ。水中優勢を確保しなければ対中抑止は難しい。米国の軍事戦略は水中戦における優勢の確保を最も重要な要素として掲げ、原子力潜水艦部隊に大きな期待をかけている。原潜は推進力、武器能力双方に豊富な電力供給が可能だ。これからの日本の防衛力を考えたときに避けては通れない」

【略歴】やの・かずき 1955年生まれ。防衛大学校第22期生。海上幕僚監部教育課長、防衛大学校訓練部長、大湊地方総監部幕僚長、海上幕僚監部装備部長を歴任。